その翌年圧倒的な強さで初チャンピオンに輝き、その勢いで76年もかと思われたのだが、ドイツGPのクラッシュで大火傷を負い、生死の境をさまよった。
再起不能と言われたが、日本GPで復帰するも途中棄権し("恐怖を抱く勇気がある男"と言われた)、チャンピオンはJ.ハントにさらわれてしまう。
77年は2度目のチャンピオンを獲り、"不死鳥"と言われた。
2度の王座に輝いた後、一度は引退("同じところをグルグル回るのが嫌になった"と発言した)する。
82年、ロン・デニスのオファーによりマクラーレンから復帰し、84年にはA.プロストとの激闘の末に3度目のチャンプに輝く(そのときラウダはプロストに"来年は君の番だよ"と言った)。
総帥エンツォ・フェラーリは、ラウダなら6度ぐらい王座を獲れたと後に語ったという。
しかしエンツォは76年の雨の富士で棄権したラウダを責め、77年はC.ロイテマン優遇の体制をとっていた。
もしかしたらラウダはエンツォが何人ものドライバーを酷使し、死に追いやってしまったという過去を悟り、フェラーリから去ったのかもしれない。
A tribute to one of the smartest, if not the smartest driver ever. A 3 times World Champion with the gift of gab, expert ability and undying will.
Niki Lauda Tribute
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