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【F1動画】1999年カナダGP チャンピオンズ・ウォール

ジル・ヴィルヌーヴ・サーキットで開催されるカナダGP。
これまで毎年のようにセーフティーカーが出動するレースが続いてきた。

1999年カナダGP。最終コーナー・シケインの外側にあるコンクリートウォール(通称 恥辱の壁:Wall of Shame)にチャンピオン経験者達が次々と衝突する波乱が起こり、それ以来この壁は「チャンピオンズ・ウォール」と呼ばれている。

⇒【F1動画】1999年カナダGP チャンピオンズ・ウォール

このレース。残り3周の66周目、ブレーキトラブルでハインツ・ハラルド・フレンツェンが大クラッシュ。
この事故処理のためになんと4回目のセーフティーカーが出動し、結局そのままレースが終了するという珍事が発生。
この混乱を生き抜いたミカハッキネンが優勝をさらう。

【F1動画】1990年カナダGP フライングスタート ゲルハルト・ベルガー

予選2番手、マクラーレンのゲルハルト・ベルガーは、グリーンシグナル点灯前にグリッドを離れてしまい、すぐに、同僚でポールポジションのアイルトン・セナに道を譲った。

⇒【F1動画】1990年カナダGP フライングスタート ゲルハルト・ベルガー

しかし、10周目。
レースコントロールから、「カーナンバー28のマシンの全レースタイムに60秒加算のペナルティの処置を取る」との通達がチームになされる。

マクラーレンは、無線でトップのセナにベルガーを前に出させるように伝え、14周目には暫定トップはベルガーに変わった。ベルガーはとにかく2位以下を引き離すためにペースを上げ、1時間42分11秒でフィニッシュ。
よって、実際の記録は"1時間43分11秒"となり、ベルガーの正式な順位は4位であった。

ちなみに5位となったアラン・プロストは、1時間43分12秒。もし最終ラップでペースを落とさなければ、確実に4位でフィニッシュしていたはずだ。ベルガーの60秒加算ペナルティのことも知っていたはずであり、フェラーリのプロストは取れるポイントを落とすこととなった。

【F1動画】1997年ドイツGP ゲルハルト・ベルガー最後の輝き

1997年、カナダGPから3戦連続で病気により欠場していたゲルハルト・ベルガー。その彼が復帰したのがこのドイツGPである。

ベルガーはなんとこのレースでポールポジション、ファステストラップ、そして優勝というハットトリックを達成、関係者とファンを喜ばせた。

⇒【F1動画】1997年ドイツGP ゲルハルト・ベルガー最後の輝き 1997 GermanGP

1997年ドイツGPは、ベルガーにとって通算10勝目。最後の輝き、最後の勝利となる。そして1997年シーズン終了間際、ゲルハルトはF1引退を発表。ただし、本人は「引退」とは言わず「休養」と表現。

【F1動画】1992年イタリアGP ウイリアムズに相次ぐ油圧系トラブル

1992年は、ウイリアムズのマンセルが圧倒的な強さを見せ、コンストラクターとドライバーの両タイトルを決めた。
一方、マクラーレン・ホンダは不振に陥り、第2期のF1撤退を発表することとなる。

そんな中行われた1992年イタリアGPは、マンセルがレースをリードし、同僚のパトレーゼ2番手。
20周目、なんとマンセルがスローダウンし、パトレーゼがトップへ。
地元イタリア出身のパトレーゼに1位を譲ったのであった。

⇒【F1動画】1992年イタリアGP ウイリアムズに相次ぐ油圧系トラブル

マクラーレン・ホンダのセナは3位で続く。
だが42周目、マンセルが今度は本当のトラブルでスローダウンしてリタイア。
さらに残り6周となったところで、今度はパトレーゼがマンセルと同じアクティブサスの油圧系トラブルでスローダウン。

結果、セナがトップに立ち、長年共に歩んできたホンダに勝利を捧げる。

【F1動画】名バトル 1991年スペインGPサイドバイサイド

1991年、初開催のカタロニアサーキットで行われたスペインGPで生まれた名勝負。

⇒【F1動画】名バトル 1991年スペインGPサイドバイサイド

スタートで失敗したマンセルがセナのスリップからインに並び、両者はそのまま1コーナーまで絶妙な間隔を維持したままサイドバイサイド。
超接近戦を演じた。

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