レーシングギア/Racing Gear

Kimi Raikkonen 2007 World Champion
F1GPニュース・動画WEB


Videoclip of Brazilian GP, last kimi's victory of 2007
ライコネンがチャンピオンを決めたF1GP2007最終戦ブラジル

2008年02月22日

【F1動画】F1グランプリ/1983年総集編

1983年、コンストラクターズタイトルを獲ったのは終盤にかけて信頼性を落としたフェラーリだった。
一方チャンピオン争いはシーズン終盤に一気にもつれこんだ。
第11戦までルノーのA.プロストがポイントでリードを築き、念願のチャンピオンが見えていた。
しかし次のオランダGPでポイント2位のN.ピケ(ブラバムBMW)とプロストは接触、両者リタイア。
ここから流れが変わっていった。

BMWエンジンのパワー向上に追い風を受け、息を吹き返したピケはイタリア・ヨーロッパGPと2連勝。
逆にプロストは進化が止まったルノーに嫌気がさし、一気に失速してしまう。

最終戦でもピケは絶好調、プロストはトラブルでリタイアする。
そのあとピケはペースを落として安全第一で走り、3位で2回目の王座を仕留めた。
ルノーとの仲が悪化したプロストはシーズン終了後マクラーレンへ移籍した。

1983 F1 Season

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2008年01月23日

【F1動画】F1グランプリ/1986年総集編

コンストラクターズタイトルはウィリアムズ・ホンダが圧倒的な強さで獲得。
第14戦ポルトガルGPはN.マンセルが優勝して初のタイトルに王手をかけ、2位のA.プロストは11点差と離される。

次のメキシコGPではベネトンの若手G.ベルガーが初優勝した。
タイヤのトラブルでウィリアムズが失速し、プロストが2位に入り6点差に縮める。

最終戦オーストラリアGPは、マンセルには3位に入ればチャンピオンというアドバンテージがあったのだが、タイヤバーストでレースを終えてしまう。
N.ピケがタイヤを心配してピットインする間にプロストがトップに立ち、そのまま優勝してチャンピオン決定となった。
「プロフェッサー」と呼ばれる由縁である「速さに確実性を兼ね備えた走り」をしたプロストが最後に笑った。

Prost again, in spite of Williams drivers

1986 F1 Season

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2008年01月21日

【F1動画】F1グランプリ/1982年ハイライト

1982年はF1史上最も荒れた年のひとつであった。
コンストラクターズタイトルはフェラーリが獲得したものの、G.ヴィルヌーブの死、D.ピローニの重傷(シーズン途中で引退)という悲劇を生んでしまう。
誰がピローニの点を上回るかということに注目が集まったが、J.ワトソン、N.ラウダ、A.プロストらは2勝するもリタイヤが多く、波に乗れない。

トップチームのウィリアムズに移籍した若手のK.ロズベルグはこの年、一気にチャンピオン争いに加わる。
第14戦スイスGPでプロストとラウダを抑えてやっと1勝を上げ、ポイント争いで首位に立つ。
続くイタリアGPではプロストとラウダが脱落し、ワトソンだけにチャンスが残る。
最終戦アメリカGPで、ワトソンは優勝を目指すが、ロズベルグも入賞してチャンピオンとなった。

年間優勝ドライバー数11人、表彰台に上がったドライバー数18人、入賞したドライバー数29人と、後にも先にもこれ以上の波乱の年はない。
ロズベルグがたった一勝でチャンピオンになったことからも、この年がとれだけ混戦だったかがわかるだろう。

Formula 1 - Season 1982 1/2


Formula 1 - Season 1982 2/2
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