レーシングギア/Racing Gear

Kimi Raikkonen 2007 World Champion
F1GP動画WEB

【F1動画】1990年イタリアGP/クラッシュ

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モンツァには、有名なコーナーが3つある。
1つは"レズモ"、2つ目が"アスカリシケイン"、残りの1つが"パラボリカ"というコーナーだ。
1990年にはその最終コーナー"パラボリカ"でアクシデントが起こった。

オープニングラップを終え、メインストレートに続々に戻っていくマシン達。
"パラボリカ"を立ち上がったD.ワーウィックがM.グージェルミンのスリップに入ろうとした時に、フロントのダウンフォースを失ってしまう。
コーナーを膨らんでタイヤバリアに直進し激突、マシンはひっくり返ったまま滑走しコース中央で停止した。
レースは赤旗中断となり、ワーウィックは車から脱出し怪我を負うことなく医師の診断でも「問題なし」とされスペアカーに乗り換えて再スタートすることができた。

"At the end of the lap, however, Derek Warwick went off at the Parabolica, turning his Lotus upside-down. The race was red-flagged and stopped. Warwick emerged from the wreck, ran back to the pits for his spare car and was soon back on the grid."

1990 - Derek Warick Massive shunt in Monza - BBC Version

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【F1動画】1981年イタリアGP/クラッシュ

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J.ワトソンがレズモ・コーナーの立ち上がりで縁石に乗りスピンし、マシンはコース内側のフェンスにリアから激突、破片がコース上に散乱した。
マシン後部が大破して炎が上がるが火災とはならず、ワトソン本人も無傷でマシンを降りた。
後から来たM.アルボレートも、このアクシデントを回避する際に外側のガードレールにヒットし、足回りにダメージを負いリタイアを余儀なくされた。

またこのアクシデントで黄旗は振られていたものの、この当時はセーフティーカー出動という制度は無く(制度が導入されたのは93年)、赤旗等による中断にはならずレースはそのまま続けられていた。

Espectacular accidente (sin consecuencias)de John Watson en el Gp de Italia de 1981.

John Watson Accidente en Monza, GP Italia 1981

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【F1動画】1982年ベルギーGP(予選)

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1982年F1ベルギーGP予選。
この日、F1史上最も悲惨で衝撃的な事故が起きてしまった。

チームメートのディディエ・ピローニのタイムを上回ろうとアタック中のジル・ヴィルヌーヴは、最終コーナーでスロー走行中のヨッヘン・マスに遭遇してしまう。
ヴィルヌーヴに気付いてレコードラインを譲ろうとしたマスと、マスを抜くためラインを変えたヴィルヌーヴは同じ方向に動いてしまった。
しかし、これが最悪の結果へとつながった。
ヴィルヌーヴは左フロントタイヤから追突し、マスの右リアタイヤに乗り上げてしまう。
これにより、空中を舞ったマシンは路面に激突して激しくバウンドし、大破。
この時の衝撃でシートベルトが引きちぎれ、マシンから投げ出されたヴィルヌーヴはコース脇のフェンスに叩きつけられた。現場や病院で蘇生処置が行われたが、頚椎等を骨折したヴィルヌーヴはその日の夜9時過ぎに息を引き取った。

F1 - Gilles Villeneuve_Zolder 1982 - Crash

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