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【F1動画】オーストリアに存在した超高速サーキット エステルライヒリンク

エステルライヒリンクはかつてオーストリアに存在した超高速サーキットで、最後にF1が開催されたのは1987年のことである。
全長は5.941キロ。ターボ時代には一周の平均時速が250km/hを超えており、当時のモンツァやホッケンハイムを上回る記録であった。

名物はバックストレートを越えてからのボッシュカーブ、その次の複合コーナーであるパノラマカーブ、そして最終のヨッヘン・リントカーブで、これら全てが高速コーナー。低速まで減速する箇所は1コーナーのニキ・ラウダシケインしかなかった。

動画は1987年の中嶋悟のオンボード映像。今では少なくなった自然豊かな風景の中を駆け抜ける様子を知ることができる。

⇒【F1動画】オーストリアに存在した超高速サーキット エステルライヒリンク

エステルライヒリンクはその後改修されてA1リンクとしてF1を開催したものの長続きはせず、現在は「レッドブル・リンク」としてDTMやF3が開催されている。

ロータス72C ヨッヘン・リント

【F1動画】モンツァの森を駆け抜ける 伝統のイタリアグランプリ

イタリアGPの舞台「アウトドローモ・ナツィオナーレ・ディ・モンツァ」は、F1グランプリが始まった1950年から使用されているクラシックコースである。

動画は1972年、エマーソン・フィッティパルディが優勝したレース。
当時は1コーナーのシケインが現在よりも手前にあり、バリアンテ・ロッジア(シケイン)はなかった。バリアンテ・アスカリも現在と少し違うようである。
ちなみに1950年代にはシケインは一つもなく、オーバルコースも使用され、全長は10kmにも達していた。

⇒【F1動画】モンツァの森を駆け抜ける 伝統のイタリアグランプリ

1980年代以降、シケインが増設・改修されて現在に至るが、基本的なレイアウトは昔から変わっていない。
最近は低・中速のテクニカルコースが増えているが、モンツァのように昔ながらの”森の中を駆け抜ける高速コース”はF1にはやはり必要である。







【F1の歴史】F1全史

【F1動画】ブラジルGPの歴史

ブラジルグランプリの初開催は1973年。
コースは現在もブラジルGPの舞台となっているインテルラゴスサーキット。

しかし、1978年・1981〜1989年のブラジルGPは、ネルソンピケ・サーキット(ジャカレパグア)で行われていた。

現在は10月〜11月に開催されるが、2003年までは3月〜4月に行われていた。雨がよく降るため、レースが荒れることが多いのが特徴。

⇒【F1動画】ブラジルGPの歴史

1991〜2000年までの10年間のうち、1993年のアイルトンセナを除き、10年中9年はブラジルグランプリの優勝者がその年のチャンピオンとなっていたことから、「インテルラゴスを制する者はチャンピオンシップを制する」といわれた。

【F1動画】名車JPSロータスルノー98Tをブルーノセナがドライブ

2004年、ブラジルのインテルラゴス・サーキットで行われたモータースポーツショーの場に、1986年型のロータスルノー98Tが姿を現した。

デモ走行でドライバーをつとめたのはブルーノセナ。
叔父のアイルトンセナがかつてドライブしたマシンに、甥のブルーノが乗るという夢の組み合わせである。

⇒【F1動画】名車JPSロータスルノー98Tをブルーノセナがドライブ

1986年、ルノー製1.5リッターV6ターボを搭載した98Tでアイルトンセナは2勝を挙げた。

また、この98TはJPSカラーをまとったマシンとしても有名。JPSカラーは、その後、ロータス・ルノーの2011年マシンで復活する。

【F1動画】2003年イギリスGP コース上に乱入する変なおじさん

2003年F1グランプリ第11戦。
イギリスGPの12周目、突如ハンガー・ストレートに男が乱入し、通り過ぎるマシンに向けてメッセージの書かれた紙を広げてコース上を走り始めた。
この男はマーシャルによって取り押さえられたが、これによってセーフティーカー導入となった。

侵入者は自称アイルランド人の神父。
取り調べには「世界平和のため」と説明し、のちにイギリスのテレビ局に予告状を送っていたことも判明した。

⇒【F1動画】2003年イギリスGP コース上に乱入する変なおじさん

2000年のドイツGPでも同様の事態は起こった。
その時の乱入者は、20年間勤めたメルセデスに健康上の理由から解雇されたフランス人男性で、Tシャツのにはメルセデスに対する不等解雇への抗議文が書かれていた。

面白いことに、このコース上に乱入者が入った2レースともルーベンス・バリチェロ(当時フェラーリ)が優勝している。

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