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【F1動画】名ドライバー 記憶に残る男ジャン・アレジ

フランス人ドライバーのジャン・アレジは、1989年フランスGPでティレルよりF1にデビューした。翌1990年、開幕戦アメリカGP、モナコGPで2位になるなどパフォーマンスを見せつけ、1991年には念願のフェラーリ入りが実現した。

しかし、当時フェラーリは成績不振で、シーズン終盤にアラン・プロストがチームを離脱すると、アレジはエースとなるも、翌1992年はイヴァン・カペリとコンビを組むがフェラーリはさらに低迷した。

1993年からは、ゲルハルト・ベルガーが加わり、フェラーリの再建に尽くした。そして、1996年、ジャン・アレジはベルガーとともにベネトンへ移籍、1997年までコンビを組むこととなる。5年間一緒のコンビはF1史上最長。



1995年、ジャン・アレジは、憧れのジル・ヴィルヌーヴの名がつけられたサーキットで開催されたカナダGPでようやく初優勝を果たした。その時、ジルと同じカーナンバー27のフェラーリでの勝利であったため、アレジの喜びもひとしおだった。

ベネトンでは、コンスタントに成績を残し、フェラーリ時代を上回る活躍を見せたが2年で離脱。その後アレジは中堅チームを転々とし、2001年いっぱいでの引退を表明した。

さて、F1デビュー以前のアレジは、エリック・ベルナール、エリック・コマスらとともにフランスの若手ドライバー有望株とされた。当時は、荒削りなドライビングのアレジよりコマスの評価が高かったが、F1で成功したのはアレジのみ。

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卓越したテクニックを持っており、雨のレースに強く、そのアグレッシブな走りでフェラーリ伝説のドライバー「ジル・ヴィルヌーヴの再来」と呼ばれ、特にティフォシからの人気は高かった。

しかし、ハイテクデバイスが多用され、「純粋なファイター」というだけではF1での結果を得られなくなった時代にデビューしたアレジを「10年遅く生まれてきたドライバー」と評価する者もいた。ただ、その熱きドライビングスタイルに魅了されたファンは多く、「記録よりも記憶に残る」ドライバーの一人として挙げられる。


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