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Kimi Raikkonen 2007 World Champion
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【F1動画】コンストラクター特集1/ウイリアムズ

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ウイリアムズ・グランプリ・エンジニアリングは1976年、フランク・ウイリアムズとパトリック・ヘッドによって設立された。
80年、初のコンストラクターズタイトルを獲得し、A.ジョーンズをチャンピオンへ導く。
82年にはターボ全盛期において非力なNAエンジンを搭載し、マシンバランスが良くポイントを重ねたK.ロズベルグがわずか1勝のみでチャンピオンに輝いた。
85年からは当時最強と言われていたホンダエンジンで86・87年のコンストラクターズタイトルを獲得するも、N.ピケとM.マンセルの両ドライバーの確執により、強い裏でチームにとっては「冬の時代」であった。
89年からルノーと契約を結び、エイドリアン・ニューウェイを迎え入れたチームは黄金期を迎える。
92年、「アクティブサスペンション」を搭載した「FW14B」は年間10勝という記録を残し、翌年はその改良型として「FW15C」が投入されA.プロストをチャンピオンへと導いた。
94年はA.セナを迎え、メインスポンサーをキャノンからロスマンズとし、カラーリングも一新される。
しかし、第3戦サンマリノGPでセナはタンブレロ・コーナーでコンクリートウォールに激突し、帰らぬ人となってしまった。
これにより事実上NO.1に昇格したD.ヒルは、96年圧倒的な強さでチャンピオンとなる。
ヒルが離脱した97年はJ.ビルヌーブが激闘の末チームに2年連続チャンピオンをもたらした。
98年と99年はウィンフィールドをスポンサーとし、赤いマシンカラーとなったが戦闘力不足のため優勝戦線からは遠ざかってしまう。
2000年からはBMWとエンジンを搭載し、J.P.モントーヤとR.シューマッハがチャンピオン争いにも加わる走りを見せた。
2006年からはプライベーターとなり、現在はN.ロズベルグと中嶋一貴をレギュラーに起用している。

ウイリアムズはNO.1体制をとるフェラーリ等とは違い、チームオーダーをなくしてチームメイト間に戦わせるという方針からタイトルのいくつかを落としている(これはマクラーレンにも言える)。

かつてはレギュラードライバーにはベテランしか起用しなかったり、技術も保守的といわれていたウイリアムズだが、90年代以降のドライバーに関しては、新人を起用することもある。
このチームでデビューしたドライバーとして挙げられるのは、D.クルサード、CART(チャンプカー)出身のJ.ビルヌーブ、J.バトン、J.P.モントーヤ、N.ロズベルグ、日本人で初めてウィリアムズのレギュラードライバーとなった中嶋一貴がいる。
また、A.セナにおいてはイギリスF3参戦中の83年にテストをさせていたが、セナはまだ若いということでレギュラー起用とはならなかった(実際に契約を結んだのは、それから11年もの後のこと)。

Patrick Head, Nico Rosberg, Alexander Wurz and Frank Williams talking about the history of the Williams team

Williams' History

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