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【F1動画】初めてのヤスマリーナ・サーキット 2009F1アブダビGP Yas Marina

2009年最終戦アブダビGPの舞台なる新コース、ヤスマリーナ・サーキットが公開された。
全長5.55q、コーナー数20。
この動画でドライブしているのはブルーノ・セナである。

⇒【F1動画】初めてのヤスマリーナ・サーキット 2009F1アブダビGP Yas Marina

ピットロードがホームストレートと立体交差するようにつくられているのが最大の特徴。
低中速のコーナーとロングストレートで構成され、アグレッシブなバトルが展開されるだろう。

4年ぶりにチャンピオンシップが最終戦までに決着がつき、消化レースとなるアブダビGPだが、ドライバー逹、特に新王者となったジェンソン・バトンのプレッシャーから解放された攻めのレースを期待したい。

【F1動画】1994年イモラ バリチェロのクラッシュ Barrichello Crash Imola 1994

1994年のサンマリノGP。
「悪夢の1994年」といわれるサンマリノGPのアクシデントは、ルーベンス・バリチェロから始まった。

金曜日のフリー走行中のこと、ジョーダンのルーベンス・バリチェロが最終シケインのバリアンテ・バッサでアウト側の縁石で跳ね、マシンは200km/hオーバーでタイヤバリアに突っ込んだ。
マシンは激しく横転し、バリチェロは鼻の骨を折る大ケガを負った。

⇒【F1動画】1994年イモラ バリチェロのクラッシュ Barrichello Crash Imola 1994@
⇒【F1動画】1994年イモラ バリチェロのクラッシュ Barrichello Crash Imola 1994A

1994年のサンマリノGPでは、ローランド・ラッツェンバーガー、アイルトン・セナの二人が大きなアクシデントにより帰らぬ人となった。

【F1動画】1990年カナダGP フライングスタート ゲルハルト・ベルガー

予選2番手、マクラーレンのゲルハルト・ベルガーは、グリーンシグナル点灯前にグリッドを離れてしまい、すぐに、同僚でポールポジションのアイルトン・セナに道を譲った。

⇒【F1動画】1990年カナダGP フライングスタート ゲルハルト・ベルガー

しかし、10周目。
レースコントロールから、「カーナンバー28のマシンの全レースタイムに60秒加算のペナルティの処置を取る」との通達がチームになされる。

マクラーレンは、無線でトップのセナにベルガーを前に出させるように伝え、14周目には暫定トップはベルガーに変わった。ベルガーはとにかく2位以下を引き離すためにペースを上げ、1時間42分11秒でフィニッシュ。
よって、実際の記録は"1時間43分11秒"となり、ベルガーの正式な順位は4位であった。

ちなみに5位となったアラン・プロストは、1時間43分12秒。もし最終ラップでペースを落とさなければ、確実に4位でフィニッシュしていたはずだ。ベルガーの60秒加算ペナルティのことも知っていたはずであり、フェラーリのプロストは取れるポイントを落とすこととなった。

【F1動画】2003年イギリスGP コース上に乱入する変なおじさん

2003年F1グランプリ第11戦。
イギリスGPの12周目、突如ハンガー・ストレートに男が乱入し、通り過ぎるマシンに向けてメッセージの書かれた紙を広げてコース上を走り始めた。
この男はマーシャルによって取り押さえられたが、これによってセーフティーカー導入となった。

侵入者は自称アイルランド人の神父。
取り調べには「世界平和のため」と説明し、のちにイギリスのテレビ局に予告状を送っていたことも判明した。

⇒【F1動画】2003年イギリスGP コース上に乱入する変なおじさん

2000年のドイツGPでも同様の事態は起こった。
その時の乱入者は、20年間勤めたメルセデスに健康上の理由から解雇されたフランス人男性で、Tシャツのにはメルセデスに対する不等解雇への抗議文が書かれていた。

面白いことに、このコース上に乱入者が入った2レースともルーベンス・バリチェロ(当時フェラーリ)が優勝している。

【F1動画】2008年ブラジルGP ハミルトン新王者、マッサの涙

2008年ブラジルGPのポールポジションは、逆転チャンピオンを狙うフェリペ・マッサだ。
とりあえず勝たなければチャンピオンの可能性がゼロに近いマッサは、トップを独走した。

対するルイス・ハミルトンは無理せずポジションを守っていく。
レース終盤、突然の雨に各車ウェットタイヤへと交換する中、トヨタのティモ・グロックが、ドライタイヤのままチェッカーを目指す賭けに出た。
ピットアウトするとハミルトンの前に出る。

ここで、ハミルトンは5位。
このままでも初タイトルは確定だが、トロ・ロッソのセバスチャン・ベッテルが濡れた路面でハミルトンをパスして、残り2周でハミルトンはタイトル圏外の6位へ。

そしてマッサはトップでチェッカーを受け、2007年のキミ・ライコネンの大逆転チャンピオンと同じように、嬉しさで涙を流しながらスロー走行に入っていた…。
ところが、ファイナルラップの最終コーナーで強くなった雨にコントロール不能となったグロックを、ベッテルとハミルトンがかわし、ハミルトンが1ポイント差で史上最年少世界王者となった。
チームからの無線で結果を聞いたマッサの涙は悔し涙に変わった。

⇒【F1動画】2008年ブラジルGP ハミルトン新王者、マッサの涙

インテルラゴスの表彰式は、2008年象徴するようなシーンであった。
シーズン最多の6勝を挙げたマッサは、開幕2戦は0ポイントでスタートしている。しかし精神的でも強くなりタイトル争いをした。
ライコネンは開幕4戦2勝でスタートしたが、後半不振続きでタイトル争いから脱落。ランキング3位に甘んじた。

チャンピオンを決めたハミルトンは、17戦98/170点で1戦平均5.4点。2008年は過去6年でもっともチャンピオンの1レースあたりのポイントが少ない年となった。

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