シューマッハとヒルが1点差でタイトルを争っていた。
レース中盤、ヒルの追い上げにプレッシャーを受けコースアウトしたシューマッハは、ダメージを負ったマシンで強引にコースに戻りヒルのマシンに接触。
この結果2人ともリタイアし、初のワールドチャンピオンはシューマッハのものとなった。
その後、シューマッハは翌年の1995年もタイトルを手中に収める。
そして、2000年にチャンピオンに返り咲き、皇帝の時代が続くものの、2005年、2006年とアロンソに完膚なきままに破れたシューマッハは引退することとなる。
セナ亡き後、シューマッハは皇帝の名声をほしいままにしたが、この1994年の最終戦、また、ジャックビルヌーブとタイトルを争って敗れた1997年の最終戦は、「勝つためなら汚いことでも何でもやる」という彼の姿勢に批判するF1ファンもいまだ多い。
皮肉にも、「強いシューマッハ」に憧れ、2000年以降、全国各地でブームを巻き起こしたキッズカートの小さなドライバーたちの多くは、彼のレプリカヘルメットをかぶることとなる。
Decisive race!
F1 1994 Australian GP crash Schumi-Hill
