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【F1動画】1998年F1ベルギーGP デイモン・ヒル現役最後の勝利

1998年のスパフランコルシャン。F1ベルギーGP。天候は生憎のスパウェザー。

スタートでの多重クラッシュで始まった大波乱の1998年ベルギーGPは、再スタートでポールシッターのミカ・ハッキネンがスピンし、デイモン・ヒルがトップに立った。

その後ヒルはミハエル・シューマッハに抜かれるが、そのシューマッハがアクシデントでリタイアとなり、トップに返り咲いたヒルが逃げ切る。

⇒【F1動画】1998年F1ベルギーGP デイモン・ヒル現役最後の勝利

ジョーダン・無限ホンダとしては初優勝。しかもチームメイト、ラルフ・シューマッハとともにジョーダンがワンツー・フィニッシュ。ヒルにとっては、現役最後の勝利となった。

1998年F1ベルギーGPリザルト
1 Damon Hill Jordan
2 Ralf Schumacher Jordan
3 Jean Alesi Sauber
4 Heinz Harald Frentzen Williams
5 Pedro Diniz Arrows
6 Jarno Trulli Prost



【F1動画】F1 1996年イタリアGP ヒル・リタイヤ

1996年F1イタリアGP。

ウィリアムズ・ルノーのデイモン・ヒルが開幕3連勝を決めて始まった1996年F1サーカスが、この年もモンツァにやってきた。ヒルは、得意とする先行逃げ切りで勝利を重ねたが、第11戦のドイツGP以降勝てないグランプリが続いている。

1986年シーズンも終盤に差し掛かってきたこのイタリアGPで、ヒルはポールポジションを獲得、タイトルに王手をかけようとしていた。

しかしレース中盤、彼にミス。1コーナーのイン側に積まれていた古タイヤに接触したヒルはスピンしリタイアとなる。結果、このレースを制したフェラーリのミハエル・シューマッハ。地元のファンを大いに喜ばせることとなった。

⇒【F1動画】F1 1996年イタリアGP ヒル・リタイヤ

【F1動画】中嶋悟の独白

中嶋悟の背中を見て育った兄弟が大きく羽ばたこうとしている。中嶋悟はどんな人生を歩み、何を悩み、いかなる決断を迫られ、自らの道を切り拓いてきたのであろうか。その一端を彼のモノローグを収めた動画から、我々は、少しだけ垣間見ることができる。

中嶋悟は、同じ道を進もうとしている息子たちに、何を教えたのか。

マシンコントロールの妙。
繊細なアクセルワーク。
自在なハンドリング。
強靭な集中力。

いや、もっともっと大きなモノを彼は伝えているに違いない。中嶋悟のDNAの中に確たる記憶として伝えているに違いない。このF1動画「中嶋悟の独白」は次の5編より成っている。

⇒【F1動画】中嶋悟の独白
F1中嶋悟の独白 少年時代の夢/中嶋悟モノローグPART1
F1中嶋悟の独白 夢で終わらせない/中嶋悟モノローグPART2
F1中嶋悟の独白 夢への挑戦と冒険/中嶋悟モノローグPART3
F1中嶋悟の独白 一番大切なもの/中嶋悟モノローグPART4
F1中嶋悟の独白 人生のステージとは/中嶋悟モノローグPART5
※Youtube動画「F1中嶋悟の独白」は削除されており、2011年6月時点ではご覧になれません。



「もし生まれ変われることができるならば、F1ワールドチャンピオンになりたい」by中嶋悟

【F1動画】F1 1994年オーストラリアGP ダーティな結末

1994年F1グランプリのタイトル決定の舞台となった最終戦オーストラリアGPアデレード市街地コース。ベネトン・フォードのミハエル・シューマッハとウィリアムズ・ルノーのデイモン・ヒルが1ポイント差でタイトルを争う。

レース中盤、ヒルの追い上げにプレッシャーを受けコースアウトしたシューマッハは、ダメージを負ったマシンで強引にコースに戻りヒルのマシンに接触。この結果2人ともリタイアし、初のワールドチャンピオンはシューマッハのものとなった。

⇒【F1動画】F1 1994年オーストラリアGP ダーティな結末

その後、シューマッハは翌年の1995年もタイトルを手中に収める。そして、2000年にチャンピオンに返り咲き、皇帝の時代が続くものの、2005年、2006年とアロンソに完膚なきままに破れたシューマッハは引退することとなる。

セナ亡き後、シューマッハは皇帝の名声をほしいままにしたが、この1994年の最終戦、また、ジャックビルヌーブとタイトルを争って敗れた1997年の最終戦は、「勝つためなら汚いことでも何でもやる」という彼のダーティな姿勢に批判するF1ファンもいまだ多い。

皮肉にも、「強いシューマッハ」に憧れ、2000年以降、日本全国でブームを巻き起こしたキッズカートの小さなドライバーたちの多くは、彼のレプリカヘルメットをかぶることとなる。

【F1動画】F1 1993年ヨーロッパGP 天才ドライバーの証明/アイルトン・セナ

1993年のF1ヨーロッパGPは、イギリスはイングランドにあるドニントンパークサーキットで開催された。

⇒【F1動画】F1 1993年ヨーロッパGP 天才ドライバーの証明/アイルトン・セナ

アイルトン・セナがいかに天才ドライバーであるかを証明するレースのひとつが、この1993年F1ヨーロッパGPだ。前戦ブラジルGPで勝利を収めたセナが、このレースでも、雨のオープニングラップで前を行く4台を抜いてトップに立ち、そのまま2連勝した。

なんと、ウィリアムズ・ルノーのアラン・プロストは7回ものピットストップを行ったにもかかわらず、1LAP遅れの3位であった。

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